Side:first "Finie"
"運命"は何時だって、僕らを見逃しちゃくれない。
「はぁ、はあっ…うあぁ…はあぁ!」
僕は、逃げていた。
ひたすらに、行くあてもなく、どこか見つからない場所に。
目の前には綺麗な綺麗な朝焼け空。
今も自分を追ってきてるんだろうか? 恐ろしくて、後ろを振り向くことすらできない!
体中傷だらけで痛い…走ってる途中、何回も転んで擦りむいたから…
もう…頭が…回らなくなって…
何で…僕…こんな目にあってるんだろ…?…
…そうだった、あれは昨日のことだっけ。
僕はフィーニエ。
母さんと父さんと僕の3人家族で、どこにでもいる普通の学生。
能力は『反転』。小さなものを"ひっくり返す"だけの力。
決して強くない力だけど、特に不自由はしていない。
朝起きて、学校に行って、友達と遊んで…
いつもと同じ、平凡な一日。
あの時までは。
「ただいまー」
「おかえり」
学校から帰ってきた僕を出迎えたのは父さんだった。
こんな時間に家にいるなんて珍しいな、いつもは夜遅くまで仕事なのに…
「フィーニエ、こっちに来なさい」
不自然なくらい柔らかな笑顔を浮かべて、父さんは奥のリビングへ行ってしまった。
リビングは暗くて電気もついてなくて…ロウソクかな、なんだか淡い光がいくつも見える。
今日って誰かの誕生日だったっけ…と思ったけど、僕も母さんも父さんも違うし、日にちが近いわけでもない。
「…君がフィーニエか」
ゆっくりとリビングに入った僕を呼んだ声は、母さんでも父さんのものでもなかった。
暗がりの中に、フードを被った知らない人が何人も潜んでいる。
何で家に、こんな人がたくさん…?
「誰…ですか…?」
怯える僕に、何故か怪しげな人たちと同じフードを纏った母さんが優しく語りかけてくる。
「ああ、恐れることはないのよフィーニエ、彼等は同胞、貴方の家族よ」
同胞? 家族? どういうこと?
茫然とする僕が見えていないのか、母さんは理解できない文章を壊れたように吐き出し続ける。
「貴方は"主"に選ばれたの!"欠落した器"として!"10の使徒様"は貴方のことをずっと求めていらっしゃった…"解放のための鍵"を!」
「まだ貴方は満たされていないわ…でも安心して、すぐに貴方は"主"の手によって"純然たる存在"へ昇華される!」
いつの間にかフードの集団に混ざっていた父さんが、手を引いて僕を何処かに連れて行こうとする。
「さぁ行こうかフィーニエ、 "楽園"へ」
フードの下の顔は、玄関の時と同じ優しい笑顔。
だけど僕の目には、その微笑みはもう、恐怖の対象にしか映らなかった。
怖い、怖い、怖い!
無意識のうちに、僕は引っ張る手を払い除けた。
父さんは「信じられない」と言いたそうな表情でこっちを見つめる。
「…何をするんだ? 母さんも言っただろう、恐れなくていいと」
「お前も行けば分かる、この世界がどれだけ汚れているか、絶望に塗れているか」
「拒絶する必要はないぞ、 "主"は全てを授けて下さる! お前に"知識"を与えて下さる!」
「来るんだ フィーニエ」
僕は、逃げていた。
叩きつけられる狂気に耐えられなくて、その言葉を聞き終える前には踵を返していたと思う。
「待て!」
後ろから、フードの男たちが追ってくる。
ドアまでは3mしかないのに、逃げ切れる気がしない…
運動神経の悪い僕が勝てるはずもなく、服を掴まれた―その瞬間。
家の庭に"ワープ"した。
(『反転』に生き物をひっくり返したり、攻撃する力はない…けれど、"自分"だけは例外としてひっくり返せる!)
ひっくり返したのは、庭にあった植木鉢との位置。
ただ単純に表裏をひっくり返すより体力を使うけど、捕まるよりよっぽどマシだ。
多分今、廊下は土まみれになっているだろう…ってそんなことを考えてる場合じゃない!
早く、早く逃げないと!
僕はもう一回外に"ワープ"して、黄昏時の道路を走り出した。
…それで夜通しずっと、逃げ続けてきたんだ。
力尽きた僕は、その場に崩れ落ちる。
もう誰も、後ろを追ってきてはいなかった。
ここは…どこだろう。周りにはシャッターの閉まった建物がいくつも見える。
日が昇ったばかりで、まだどこも開いてないんだ…
(…寝てちゃダメだ…もっと遠くへ、行かないと…)
(…でも…どこへ…?)
頭の中に、恐怖がよぎる。
(見つからない場所なんて…あるのかな…)
起き上がろうとしても、力がちっとも入らない。
(…おなかすいた…寒くて…体が動かない……もう…ワープも…)
(このまま…独りで死ぬのかな………)
(…いいか…それでも…)
(眠たいや…)
僕はゆっくりと、目を閉じた。
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